犬の避妊・去勢手術について
犬の避妊・去勢手術とは、女の子の場合、子宮と卵巣を、男の子の場合、両方の精巣を摘出する手術のことです。
避妊・去勢手術を行うことで、中年以降におこる事が多い性ホルモンに関連した病気を予防することができ、統計的にも寿命が長くなると言われています。
避妊手術のメリット(女の子)
・子宮蓄膿症、子宮内膜炎、子宮卵巣腫瘍などの卵巣子宮疾患を完全に防ぐことができます。
・若いうちに手術することで、かなり高い確率で乳腺癌を予防することが出来ます。
(2歳半までに避妊手術をすると、乳腺癌に対して予防効果があると言われています)
・発情期後半の偽妊娠期におきる様々な症状(神経質で攻撃的になる、尿マーキングをする、食欲不振になるなど)を防ぐことができます。
去勢手術のメリット(男の子)
・睾丸腫瘍を完全に防ぐことが出来ます。
(睾丸腫瘍は良性が多いですが、たまにセルトリ細胞腫などの悪性腫瘍が発生します)
・前立腺疾患の予防がかなり高い確率で出来ます。
(前立腺肥大、前立腺炎、前立腺膿瘍など)
なお、犬の場合発生率は少ないですが、前立腺癌に対しては去勢手術による予防効果はありません。
・会陰ヘルニア、肛門周囲腺癌(下半身にできる皮膚の腫瘍)、膀胱結石に対して予防効果があります。
・マーキングなどの不適切な排尿がおきづらくなります。
・マウンティング、攻撃行動などの性ホルモンに影響される問題行動に対して、しつけが行いやすくなります。
手術はいつから可能でしょうか?
生後4ヶ月以上の健康な犬猫であれば、いつでも可能です。
発情出血中の避妊手術について
発情出血中は、子宮、卵巣の血流が増加しているため、手術に伴う出血が多くなる傾向があります。
そのため発情出血後1ヶ月くらいのあいだは避妊手術を避ける傾向にありました。
しかし現在は、血管を安全に止血する機械や最新の電気メスを使用することにより、発情中でもほとんど出血することなく手術を行うことができます。
よって当院では手術の時期を判断するにあたって、発情中かどうかは特に問題としておりません。
しかし御心配であれば、これまで通り発情出血から1ヶ月位の間を避けて手術を行ってもよいと思います。
不妊、去勢手術のデメリット
よく見られる副作用
◆肥満
避妊・去勢手術をすることで基礎代謝量が2割くらい減少します。
さらに男の子の場合、縄張り意識や、自分がリーダーになろうとする意識が弱くなるためか、のんびりした生活スタイルになり、以前に比べてあまり散歩に行きたがらなくなる傾向にあります。
さらに、手術をすることで食欲が旺盛になる子もいます。
このようなことから、避妊去勢手術をすると体重がいままでより増えやすくなります。
手術をしてからは今まで以上に食事の量、内容を管理して、太らないよう気をつける必要があります。
また手術前に子犬用フードを与えていた子は、手術後は成犬用もしくは肥満犬用フードに変更したほうがよいでしょう。
ごくまれな副作用
◆ホルモン反応性尿失禁(とくにめす犬)
去勢・不妊手術との因果関係はまだ証明されていませんが、女の子で避妊手術後、何年か経ってから、寝ていておもらしをしてしまう。興奮したときに尿を少量たらしてしまうなどの尿失禁症状を起こす場合があります。
手術後の尿失禁はごくごくまれなことですが、このようなことを避けるためにも手術後肥満させないことは重要です。
ちなみに男の子が去勢手術に関連して尿失禁を起こす場合は、ほとんどが高齢になってから病気の治療のために手術を行ったときにおこりますので、若いうちの去勢手術の場合はほとんど問題にならないと考えてよいと思います。
しかしこのようなことからも、手術後あまり太らせすぎないようにすることは重要です。
◆ホルモン反応性の皮膚病(脱毛)
去勢・不妊手術との因果関係はまだ証明されていません。
避妊、去勢手術済みの犬で原因不明の脱毛を起こし、性ホルモンを投与すると脱毛が改善するという皮膚病があります。
しかし性ホルモンの長期投与は副作用を起こすことが多いのであまり勧められないため、結果的に治療が難しいという皮膚病です。
かなり珍しいものですが、去勢、避妊手術のリスクとして一応知っておく必要があります。
このように避妊・去勢手術にはいくつかのデメリットがあります。
しかしそれを上回るメリットがあると考えられますので、当院では基本的に不妊、去勢手術をお勧めしております。
しかし飼い主様においても去勢・不妊手術におけるメリット、デメリットを理解したうえで手術をするかどうか考えていただきたいと思います。
実際の手術について
◆手術前の検査
手術には全身麻酔を必要とします。動物が安全に麻酔をかけられる体調かどうか確認するため、手術の前に一般的な身体検査、血液検査を行います。
◆血液検査の内容について
・2歳以下で身体検査上特に問題のない犬、ねこ
赤血球・白血球数・血小板の検査、血液化学検査7項目(血中タンパクの数値、肝酵素、腎機能)を行います。
・3歳以上の犬、ねこ
赤血球・白血球・血小板の検査、血液化学検査17項目 電解質の検査を行います。
また動物の状態より必要であると思われた場合、飼い主様と相談の上、レントゲン・超音波エコー検査などの追加検査を行わせていただく場合もあります。
手術室
当院の手術室です。
麻酔器・手術機器・麻酔モニタリング装置・保温器具・レントゲン装置・オートクレーブ・EOGガス滅菌器などがあります。
◆手術方法
・女の子の避妊手術では子宮と卵巣をまとめて摘出します
・男の子の去勢手術では両方の睾丸を摘出します

女の子の避妊手術について
はじめに鎮静剤・鎮痛剤を皮下注射します。
これらのお薬をつかうことにより、スムーズに本格的な全身麻酔に移行することができます。
お薬が効いて動物が落ち着いたのち、前足の血管に留置針を設置します。
この留置針から麻酔薬の注射・手術中、手術後の静脈点滴を行います。


麻酔が効いてきたところで気管内チューブを挿管します。
気管チューブを挿管後は、イソフルレンという吸入麻酔により、全身麻酔の状態を維持します。


麻酔モニター・人工呼吸器を接続します。
麻酔モニターにより麻酔中の心電図、心拍数、酸素飽和度、血圧、体温、呼吸数、呼吸波、呼気中二酸化炭素濃度をモニターすることにより、より安全な麻酔管理をすることができます。


手術部位の毛刈りをします。
毛刈り後、1回目の手術部位の消毒を行います。
赤いラインが皮膚の切開部位です。


手術室に移動し、2回目の手術部位の消毒をします。


手術中
手術に用いるマスク、キャップ、グローブ、ガウン、ドレープは全て一回使用のみのディスポーザブル製品を使用し、無菌的な手術環境を心がけています。


卵巣の摘出には血管シーリング装置(リガシュア)を使用します。
これにより縫合糸を使用せず、すばやく確実な止血をすることが出来ます。
手術時間も短縮できますので、動物への負担も軽減されます。
子宮体部、腹壁、皮下組織の縫合は吸収性縫合糸を使用します。


手術が終了したところです。
最後の皮膚の縫合は非吸収性のナイロン糸によって行います。
手術後10日目以降に抜糸をしてすべて終了となります。

男の子の去勢手術について
途中までの流れは女の子の避妊手術と同様です。
手術室に移動し、手術部位の消毒をするところです。
写真の赤いラインが皮膚切開の予定部位です。


精巣の血管はリガシュアにより縫合糸を使わずに切除します。
皮下組織は吸収性縫合糸をつかって縫合します。


手術終了後の皮膚の状態です。
皮膚の縫合は通常、吸収性縫合糸を皮膚の中に埋没させて縫合します。
その場合、抜糸は必要ありません。
精巣が大きい場合、皮膚の切開線も大きくなります。
切開線が大きな時はナイロン糸によって皮膚を縫合する場合があります。
その場合、術後10日以降に抜糸が必要となります。
